大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9423号 判決 1981年2月10日

原告

石井仁

右訴訟代理人

内藤功

外三名

被告

東急建設株式会社

右代表者

八木勇平

右訴訟代理人

花岡隆治

外六名

被告

吉田建設工業株式会社

右代表者

吉田雅

右訴訟代理人

大嶋芳樹

主文

一  被告東急建設株式会社は、原告に対し、金一六七〇万三三四九円及びこれに対する昭和五一年一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告東急建設株式会社に対するその余の請求及び被告吉田建設工業株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の一四分の一及び被告東急建設株式会社に生じた費用の七分の一を被告東急建設株式会社の負担とし、原告及び被告東急建設株式会社に生じたその余の費用並びに被告吉田建設工業株式会社に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故と原告の受傷

1  原告が、昭和四九年六月二九日、被告東急建設が請負つた本件建築工事のB棟建設現場の地下浄化槽(本件浄化槽)において防水作業に従事していたところ、同日午後二時一五分ころ、地上よりシュートで降ろしたモルタルを一輪車で運搬中、開口部より約4.7メートル下の地下二階床に墜落したことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、右事故により、原告は頸髄損傷、頸椎脱臼、頭部挫創の負傷をし、昭和五一年三月当時痙性四肢麻痺、膀胱直腸障害、性機能障害の症状を残していたことが認められる(原告と被告吉田建設との間においては、以上の事実は争いがない。)。

二被告らの責任

1  債務不履行責任

(一)  使用者は、労働契約に基づき、その設定する企業秩序の下で、すなわち、その指定する労働場所において、その提供する機械・設備等を利用するなどして、その指揮・命令・監督の下で、その雇用する労働者から労務の提供を受けるものであるが、これに対応して、信義則上、右のような企業秩序の下で労働者が労務に服することから生ずる危険を防止し、労働者の生命、身体、健康等を害しないよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」ということがある。)を負うものというべきである。

ところで、請負は、本来注文者(下請の場合は元請人。以下、この項において同じ。)が請負人(下請けの場合は下請人。以下、この項において同じ。)の仕事の結果を享受するにすぎないものなのであるから、注文者は、原則として、当然には、請負人の仕事の完成の過程における事故により請負人に雇用される労働者に発生した損害を賠償すべき責任を負うことになるものではない。しかし、近時、請負による仕事の規模が拡大しその内容も複雑、多岐にわたり、これに伴い必然的に仕事の完成に要する労働の量内容も多量かつ、多種、多様となつてくるに従い、景気の変動、企業経営の効率化等の理由から、仕事の完成に必要な大量、多種・多様の職種の労働者を常時雇用しておくことが困難なため、必要に応じて、請負という契約形式によりながら、注文者が、単に仕事の完成を請負人に一任してその成果を享受するというにとどまらず、請負人の雇用する労働者を、自己の企業秩序の下に組み入れ、すなわち、自己の管理する労働場所において、自己の管理する機械・設備を利用するなどして、自己の指揮・命令・監督の下に置き、自己の望むように仕事の完成をさせ、実質的に、注文者が当該労働者を一時的に雇用して仕事をさせるのと同様の効果をおさめる場合がしばしばみられることは公知の事実である。このように、注文者と請負人との間における請負という契約の形式をとりながら、注文者が、単に仕事の結果を享受するにとどまらず、請負人の雇用する労働者から実質的に労働契約に基づいて労務の提供を受けているのと同視しうる状態が生じていると認められる場合、すなわち、注文者と請負人の雇用する労働者との間に実質的に使用従属の関係が生じていると認められる場合には、その間に労働契約が存在しなくとも、信義則上、注文者は、当該労働者に対し、前記のような使用者が負う安全配慮義務と同様の安全配慮義務を負うものと解するのが相当である。

(二)  そこで、本件についてこれをみてみると、次のとおりである。

(1) 本件建築工事は、建築主京王電鉄株式会社より被告東急建設が請負い(元請)、被告東急建設より被告吉田建設が防水工事についてこれを請負い(下請)、更に被告吉田建設より末広工業所こと訴外斉藤忠がこれを請負つた(孫請)ものであることは、当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、末広工業所は昭和四三年ころ訴外斉藤忠が中心となり原告を含む数名の職人が集つて作つた防水工事を請負う職人の集団であつたが、その後次第に訴外斉藤忠の個人企業的な色彩が強くなり、本件事故当時には、原告は、斉藤ないしその下の三浦から指示されて働き日当及び出来高に応じた金員の支払いを受けるようになつて、実質的には斉藤に雇用されているのと同様の状態にあつたものと認められ<る。>

(2) 次に、本件事故の発生した本件浄化槽は被告東急建設が請負つた本件建築工事の現場内にあつたことは、前記争いのない事実から明らかであるが、<証拠>を総合すれば、被告東急建設は、本件工事現場に工事事務所を設け、所長、工事主任、A棟班長(現場監督)、B棟班長(現場監督)を常駐させ、各種作業の開始及び毎日の定時打ち合わせ会(午後三時)において、工事主任ないし班長が、作業工程、手順、安全管理等の指示を全職方の責任者を通じて下請け等の作業員、職人に指示し、また、毎日少くとも一回は責任者が各工事現場を巡視して工程・安全管理等の点検・指示を行つたいたことが認められる。前記(1)及び右認定の事実によると、被告東急建設は、元請けであつて、原告と直接の雇用関係に立つものではないが、原告の作業現場は被告東急建設の管理下にあり、同被告は、原告らの作業及び安全管理につき直接指示監督をしていたものというべきであるから、被告東急建設と原告との間には実質的には使用従属の関係があつたものというべきであり、したがつて、被告東急建設は、原告に対し使用者と同様の安全配慮義務を負うべきものであると解するのが相当である。

(3) 次に、被告吉田建設は前記(1)認定のように下請けの立場であり、被告吉田建設と原告との間には直接の雇用関係はなかつたことは明らかである。そして、<証拠>を総合すれば、被告吉田建設が防水工事を被告東急建設より下請けしたのち、被告吉田建設の工務部工事係の箱崎英明は、更に同被告からこれを下請けした訴外斉藤忠を伴い昭和四九年六月一五日本件建築工事現場を訪れ、東急建設の谷、金子、二瓶らに右斉藤を紹介し、本件防水工事の範囲、施行期日等について打ち合わせをしたこと、更に同月二四日、右箱崎は斉藤とともに本件工事現場を訪れ、本件防水工事を施行する原告、嶋原及び石井博に工事の範囲を説明し、原告を被告東急建設の二瓶らに紹介したことは認められるが、他方、前記各証拠によると、被告吉田建設は、本件現場に事務所を設けていたわけではなく、係員を常駐させていたわけでもなく、また、その後本件事故発生まで同被告の従業員は誰も本件現場には姿を見せず、原告らが本件防水工事の作業をするについて具体的な作業あるいは安全管理の指示監督をしていたことはないことが認められ<る。>右事実によると、被告吉田建設は、本件防水工事を斉藤に請負わせるについて必要な工事の範囲等についての一般的な説明は斉藤ないし原告らに対ししていたものと認められるが、実質的には、その下請である斉藤らを被告東急建設の管理する本件作業現場で被告東急建設の指示監督の下で仕事をさせるため、被告東急建設に対し紹介的な役割を果たしたにすぎないものと認めるのが相当であつて、原告と実質的に支配従属の関係にあつたとまで認めることはできないから、使用者と同様の安全配慮義務を負うものと解することはできない。

(三)  そこで、次に本件防水工事に際しての被告東急建設の負うべき安全配慮義務の具体的内容についてみてみると、次のとおりである。

(1) <証拠>によれば、本件事故の発生した浄化槽内は、地下一階と地下二階部分のピットに分かれており、地下一階において作業する場合にはビットの開口部が各所にあり、しかも、開口部からピットの床まで四メートル以上あるものが大部分であつて、作業者の不注意により地下一階の開口部からピットの床に転落負傷する危険がある場所であることが認められる。

(2) そして、<証拠>によれば、本件防水作業は、一人が地上に設置したミキサーによりモルタルを練り、これをシュートで地下一階部分に下ろし、これを一輪車で受けて各ピットの開口部まで運びこれを更にピット内に下ろし、ピット内で二人の職人が防水液及びモルタルを壁面に塗付して仕上げて行くものであることが認められる。

(3) 右(1)のような場所で右(2)のような作業を行わせるにあたつては、右場所を管理する被告東急建設としては、地下一階の開口部から作業者がピット内に転落する危険を防止するため、開口部の周囲に柵を設けあるいは開口部に覆いをするなどして作業者の安全をはかるべき義務があつたものと解するのが相当である。

(四)  <証拠>を総合すると、原告らが本件現場に到着した昭和四九年六月二四日には、原告が転落した本件ピットの開口部には、コンクリート枠を搬出した際に使用したものとみられる足場板が敷かれていたが、完全な覆いはされていなかつたこと、本件ピットの開口部は地上からシュートでモルタルを降ろす際これを受ける場所になるので、原告らは本件浄化槽附近よりベニヤ板を持つてきて足場板の上に覆いをし作業ができるようにしたが、掃除等のためはしごでピット内部に入れるよう一輪車一台が入る程度の開口部を残したままにし、その状態は本件事故が発生した同月二九日までそのままであつたこと、被告東急建設の二瓶らは一日一回は必ず本件の作業現場を見回りに来たが、本件ピットの開口部の状態について原告らに特に注意を与えたことはなかつたこと、原告は本件ピットの右残された開口部から、一輪車でモルタルを隣のピットに運搬する途中転落したことが認められる。<証拠判断略>

右事実によれば、被告東急建設は、本件ピット開口部に完全な覆いをして原告らが安全に作業をすることができるように配慮すべき義務を怠つていたものであり、しかも、それを知りうべき状態にあつたものというべきである。

そうすると、被告東急建設は、原告に対する安全配慮義務の履行を怠つたものであり、本件事故は、右安全配慮義務不履行に起因するものというべきであつて、しかも右安全配慮義務の不履行につき被告東急建設に過失がないとはいえないから、被告東急建設は、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。

2  不法行為責任

(一)  被告吉田建設は、前述のように原告に対し安全配慮義務を負うものではないと解されるから、債務不履行による損害賠償責任を負わないものというべきである。そこで、更に、同被告が不法行為責任を負うかどうかについて検討する。

(二)  前記認定のように、原告は、被告吉田建設から本件浄化槽の防水工事を請負つた訴外斉藤忠に雇用されていたと同視することができる者である。ところで、請負契約は請負人が仕事の完成を約し注文者はその結果を享受する趣旨のものであるから、請負人が雇用する者に対する仕事の安全管理上の注意義務は原則として請負人が負うべきものであつて、ただ例外的に注文者の作業場で、注文者の供与する設備、器具を使用し、その指揮・命令・監督のもとで作業をするなどその間に実質的に使用従属の関係が認められる場合に、注文者においても、その作業場、設備器具、指揮・命令から発生する危険についてこれを防止すべき注意義務があるというべきである。

(三)  前記認定の事実によれば、被告吉田建設は、実質的には原告らを被告東急建設が管理する本件建築現場に連れて来て被告東急建設の関係者に紹介したにとどまり、本件作業現場の具体的な管理をしていたわけでもなく、また、設備、器具等を提供したものでもなく、作業にあたり具体的に指揮・命令・監督をしていたわけでもないと認められるのであるから、原告に対し安全管理上の注意義務を負うものではなく、したがつて、原告に対し右注意義務があることを前提とする不法行為責任を負うものでもないというべきである(なお、被告吉田建設が、本件防水工事に関し下請けとして訴外斉藤忠を使用しその斉藤の雇用する者が事故により被告東急建設に損害を負わせたことについて、被告東急建設との請負契約に基づいて被告東急建設に対し何らかの責任を負うことがあるかどうかは、別の問題である。)。

三損害

1  得べかりし利益の喪失

(一)  本件事故当時原告が満三五歳であつたことは、当事者間に争いがない。本件事故により原告が頸髄損傷、頸椎脱臼、頭部挫創の負傷をし、昭和五一年三月当時痙性四肢麻痺、膀胱直腸障害、性機能障害の症状を残していたことは、前記認定のとおりである。そして、<証拠>を総合すると、原告は、労働者災害補償保険法に基づく給付の関係では障害等級一級と認定されており、両下肢は痙性麻痺で両下肢から臀部にかけて高度の知覚鈍麻があり、短い距離であれば杖を使用して歩行することは可能であるが実際上は車椅子によつて移動しており、また、上肢は両肢とも筋力が低下し手指の巧緻性に欠け、細かい手仕事は不能であつて頸部の固定筋が弱く同一姿勢をとり続けることが困難であることが認められるが、身障者用の自動車の運転は可能であり、また、指先の機能は普通人の二分の一程度はあつて、意欲さえあれば倉庫番、単純な机上作業等に従事することは可能であると認められる。右事実によれば、本件事故による原告の労働能力の喪失率は、九〇パーセントと認めるのが相当である。もつとも、右のような状況では、原告が希望するような職業に就けないこと、また職を得ても就業にかなりの困難を伴うことは容易に推測することができるが、それらによる労苦は、後遺症による慰藉料の算定においてしんしやくするのが相当である。

(二)  原告は、本件事故当時の収入について斉藤忠より日当として金六〇〇〇円を支給されていたほか出来高に応じて利益の分配を受け毎月にならすと二二万ないし二三万の収入を得ていたと供述するのであるが、特段の反証もないので、少なくとも毎月金二二万円(年間金二六四万円)の収入があつたものと認めるのが相当である。そして、右のように実収入を認定することができる以上原告の収入を原告が主張するように賃金センサスによつて算定することは相当でないから、右認定の実収入を基礎として原告の得べかりし利益の喪失額を算出することとする(右認定の原告の実収入は、当裁判所に顕著な昭和四九年度賃金センサスの企業規模計、産業計、学歴計、男子労働者の平均年間収入二〇四万六七〇〇円と比較すると低額とはいえない。)。なお、原告がもし本件事故に遭遇しなければその後その実収入は増加していたとも考えられないわけではないが、昇給等が就業規則等により明確に定められている労働者の場合と異なり前記のように日当に出来高による利益配分を加えた額による原告の収入のような場合についてはいかなる時期にいかほどの増収を得るかについてはこれを認めうる的確な証拠はないから、その後の増収の点は考慮に入れないこととする。

(三)  そこで原告の事故当時の月収を二二万円とし、原告の事故時の年令満三五歳より六七歳まで(三二年間)就労することができるものとし、原告の労働能力喪失率九〇パーセントとして、ライプニッツ式により中間利息を控除して原告の得べかりし利益の喪失額を計算すると、金三七五四万七九二八円となる。

220,000×15,803×0.9=37547928

2  介護料

(一)  原告は、本件事故により前記のような負傷をしかつ後遺症があるのであるが、<証拠>を総合すると、原告は、昭和五二年一二月一一日山梨療養所を退院後身体障害者用の住宅に居住し、排尿、排便は自立しており、食事、洗濯、入浴も自立して行うことができること、短距離ならば杖を使用して歩行もできるし、車椅子を自力で動かして移動外出することができること、身障者用の自動車を所有し、かなり長距離の運転も可能であることが認められる。右事実によれば、原告は、退院後余命期間内において、常時介護を必要とするものではなく、特別の必要がある場合に介護を受ければ足り、それは週一日程度と認めるのが相当である。もつとも、原告が退院後の日常生活において通常人と比較して相当の不便と労苦を感ずるであろうことは推測に難くないが、これらは後遺症の慰藉料額においてしんしやくするのが相当である。

(二)  <証拠>によると、原告は独身であり、他に原告を介護する家族もいないと認められるので、職業的看護補助者による介護を受けるのが相当と認められるが、<証拠>によると、昭和五四年四月一日実施の看護補助者の日給は、四九〇〇円と認められる。そして、厚生大臣官房統計情報部編の昭和五三年簡易生命表によれば、満三八歳(昭和五二年一二月一一日当時原告が満三八歳であつたことは当事者間に争いがない。)の男子の平均余命が三七年余であることは顕著な事実である。

(三)  そこで、右事実を基礎として、退院時からの原告の余命期間内の介護料を本件事故時において受領しうるものとして、ライプニッツ式により中間利息を控除して計算すると、次のとおり、年三五〇万三〇九二円となる。

4900×52×(17.2913−3.5459)≒3503092

3  過失相殺

(一)  本件事故は、前記のように本件ピットの開口部に完全な覆いがされていなかつたため、その覆いのすき間(開口部)より転落して起こつたものであるが、覆いの不完全であつたことについては、前記認定のように被告東急建設の責任のあることはもちろんであるが、原告らが本件開口部の覆いをするに際してなお開口部を残しておいたことにもその原因があり、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件のような工事に長年従事しており、また、原告は、六月二五日から二九日までの間本件作業現場で毎日作業を繰り返し、本件開口部の覆いが不完全でなお開口部があり危険な状態にあることを熟知していたものと考えられるのであつて、原告において極めて僅かな注意を払えば本件事故の発生を容易に防ぐことができたものというべきである。したがつて、本件事故の発生については原告にもかなりの過失があるものというべきであつて、その割合は五割とみるのが相当である。

(二)  したがつて、原告の右過失をしんしやくして、前記1、2の額から五割を控除すると、次のとおり、金二〇五二万五五一〇円となる。

(37517928+3503092)÷2=20525510

4  労災法に基づく給付金の控除

(一)  <証拠>によれば、原告は、昭和四九年七月二日から同五二年五月三一日までの間の休業補償給付金として金四九一万〇二五四円、昭和五二年五月一日から同五四年一〇月三一日までの間の傷病補償年金として金七五三万二八二二円の支給を受けていることが認められ、また、右証拠によれば、昭和五四年一一月一日から同五五年一月三一日までの間の傷病補償年金として金八七万九〇八五円の支給を受けているものと推認される。原告がすでに支給を受けた右休業補償給付金及び傷病補償年金合計金一三三二万二一六一円については、原告が受けるべき前記3の(二)の損害賠償金より控除すべきである。

(二)  被告らは、原告が将来受領すべき年額三五一万六三四〇円の傷病補償金についても損害賠償額から控除すべきであると主張するが、いまだ給付を受けていない傷病補償年金については損害賠償金より控除すべきではないと解されるから、被告らの右主張は採用することができない。

(三)  また、被告らは、原告が受領した休業特別支給金及び傷病特別年金並びに原告が将来受領する傷病特別年金を損害賠償金から控除すべきであると主張する。右休業特別支給金及び傷病特別年金は労災保険法二三条一項の保険施設(昭和五一年法律第三二号による改正前)又は労働福祉事業(右改正後)として労働者災害補償保険特別支給金規則に基づいて支給されるものであるが、右支給金は、政府が求償権を取得する保険給付にあたらず、損害の補償を目的としない労働者の福祉増進を図るための支給金の性質を有するものと解すべきであるから、損害賠償金から控除すべきものではなく、被告の主張は採用することができない。

(四)  そうすると、原告の受けるべき得べかりし利益喪失による損害賠償金及び介護料の額は、3の(二)の金二〇五二万五五一〇円から右(一)の金一三三二万二一六一円を控除した金七二〇万三三四九円となる。

5  慰藉料

原告は、本件事故により前記のような負傷をしたのであるが、<証拠>によれば、原告は、右負傷により昭和四九年六月二九日から同年九月九日までは熱川温泉病院に治療のため入院し、同月一〇日から昭和五〇年二月二四日までは関東労災病院、同月二五日から昭和五二年一二月一一日までは山梨療養所にそれぞれリハビリテーション治療のため入院していたことが認められ、更に、後遺症のあることは前記のとおりである。これに、前記のような就職、就業についての困難性、日常生活における格別の不便労苦並びに本件事故発生についての原告の過失等諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰藉する金額としては、金八〇〇万円が相当と認められる。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は被告東急建設が損害賠償金の任意弁済に応じないため原告訴訟代理人に対し、その請求の交渉、本件訴訟の提起、追行を委任し、相当額の報酬の支払いを約したことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、認容額その他の事情を考慮すると弁護士費用として金一五〇万円を本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

7  合計

以上によると、原告の損害額は、合計金一六七〇万三三四九円となる。

四結論

よつて、原告の本訴請求は、被告東急建設に対し債務不履行に基づく損害賠償金一六七〇万三三四九円及びこれに対する催告の日の翌日である昭和五一年一月一五日(成立に争いのない甲第一号証によれば昭和五一年一月一〇日付で被告東急建設に対し催告書が発信されていると認められるので、遅くとも同月一四日までには右書面が同被告に到達したものと推認される。)から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、被告東急建設に対するその余の請求及び被告吉田建設に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(越山安久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例